2007年~シェルター編~

退院した後、私たち母娘は以前から言われていた、シェルターに移動になりました

退院する際、主治医に「二度僕と会うことはないように。新聞屋さん禁止ね」と言われていたように、新聞屋さんで働くことは二度とないでしょうが(体力的にもきつい)

何故シェルターか?それは、緊急入院のせいで、母娘で家も職場も失ったからです。(当時娘は小6でした)

当時の主治医には「家さえあれば、1か月で退院できたんだけどね」って言われてました

娘は入院中、妹宅に預かっててもらってました(有難い)

シェルターは作りが古く、ベランダにトイレがありました。

お風呂は共同風呂。3種類に分れてた気がします。そのうちよく使ってたのが150円のお風呂でした(100円はシャワーのみ)

それ以外にもすることがあって、毎週皆で階段の清掃がありました。

因みに症状はほぼなくなっていたんですが、陽性症状は残っていて、結構元気よかったような印象を、私が書いてた別のブログから読みとれました(結局ここが頼り💦)

シェルターでは、携帯以外の通信手段がなかったので、近くのネカフェに行っては家探ししてました

そこで合致したのが1DKの小さな部屋でした。他に物件が見当たらず、厳しい家探しだったので、そこで手を打ったのが、私の人生仕切り直しの時でした。

退院時に1か月分処方されてた薬は、ジプレキサとソラナックスだったので、大手町メンタルクリニック(注:今はありません)では、薬全部捨てるように言われました

ソリャソウダヨナ、、、カクジツニフトルクスリダモン

そこで処方されたのが、セレネースとエビリファイとソラナックスだったんです(ジプレキサ以外は選んでくれたのと、自分で決めました)

フトラナケレバイイクスリナノニ、、

シェルターには、6~7か月いたようです(なかなか二人で住む家がなかったので)

そんな訳で、シェルター編終わりです

書き足りない所がありますが、次に行きます💦

コメント

タイトルとURLをコピーしました