退院した後、私たち母娘は以前から言われていた、シェルターに移動になりました
退院する際、主治医に「二度僕と会うことはないように。新聞屋さん禁止ね」と言われていたように、新聞屋さんで働くことは二度とないでしょうが(体力的にもきつい)
何故シェルターか?それは、緊急入院のせいで、母娘で家も職場も失ったからです。(当時娘は小6でした)
当時の主治医には「家さえあれば、1か月で退院できたんだけどね」って言われてました
娘は入院中、妹宅に預かっててもらってました(有難い)
シェルターは作りが古く、ベランダにトイレがありました。
お風呂は共同風呂。3種類に分れてた気がします。そのうちよく使ってたのが150円のお風呂でした(100円はシャワーのみ)
それ以外にもすることがあって、毎週皆で階段の清掃がありました。
因みに症状はほぼなくなっていたんですが、陽性症状は残っていて、結構元気よかったような印象を、私が書いてた別のブログから読みとれました(結局ここが頼り💦)
シェルターでは、携帯以外の通信手段がなかったので、近くのネカフェに行っては家探ししてました
そこで合致したのが1DKの小さな部屋でした。他に物件が見当たらず、厳しい家探しだったので、そこで手を打ったのが、私の人生仕切り直しの時でした。
退院時に1か月分処方されてた薬は、ジプレキサとソラナックスだったので、大手町メンタルクリニック(注:今はありません)では、薬全部捨てるように言われました
ソリャソウダヨナ、、、カクジツニフトルクスリダモン
そこで処方されたのが、セレネースとエビリファイとソラナックスだったんです(ジプレキサ以外は選んでくれたのと、自分で決めました)
フトラナケレバイイクスリナノニ、、
シェルターには、6~7か月いたようです(なかなか二人で住む家がなかったので)
そんな訳で、シェルター編終わりです
書き足りない所がありますが、次に行きます💦

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